「 自分を許す 」

Greetings from me!

Hello!

先日、『ドントウォーリー』という映画を観に生きました。

わたしはこの映画がとても好きで、

わたしにとっては、この映画は「自分を許す」というメッセージでした。

もしも「自分への許し」と聞いて、

何も許すことなんてないと思う人もいるかもしれませんが、

本当の許しとは、

本来の自分に戻るプロセスそのもの。

見栄をはったり、

理想の自分や人の期待に

応えようと、

そこに長年焦点をあてることで、

徐々に自分の本来持っている絶妙なリズムやバランス、

直感をわたしたちは失ってきました。

そして、わたしたちはあらゆるアディクション(依存症)に囚われています。

お酒

薬物

買い物

食べること

セックス

家族

恋愛

携帯

少し自分を観察してみて、

自分が日頃どんなことに依存体質なのか、

もしも気づいたとしたら

それを一枚一枚めくっていくと、

根っこには「今の自分ではいけない」という

いつの間にか出した答えにたどり着くと思うのです。

ですから、それに気づくところから、

本当に自分を許すプロセスが始まります。

「 渋谷 」

出来るだけ、

渋谷を避けていました。

これまで慣れ親しんだ銀座線や半蔵門線、渋谷のデパートの入り口が様変わりしてしまってから、

できるだけ渋谷そのものに行くことを避けていました。

でも、こないだどうしても渋谷の西武デパートに行かなければいけない用事ができて、

渋谷に行ったのです。

バスから降りて、自分の足が渋谷の地に触れた瞬間

「ごめんなさい」と感じました。

自分がわからないから避けるとか、

自分の昔の渋谷じゃないから怒っているという

自分中心、自分よがりの感覚に気づいて、

途端に、ごめんなさいと感じたのです。

そこからごめんね、と話したり、

クリーニングしていくと、

これまで迷い続けていた途方もない感覚から解放されました。

迷路が急にシンプルな道として現れて目的地にとてもスムーズにたどりつくことができました。

自分の頑固さがいかに視界や体の感覚を決めつけていたのかに気づきました。

自分の都合のよいように街まで合わせようとしていたことに気づきました。

しかし、街には街のアイデンティティーがあって、

クリーニングして、わたしもわたしとして調和させていくことができるという大きな気づきがありました。

戦わなくても良いのだという安堵感を通して、

新しい渋谷と出会いました。

わたしはいつも不自由な生き方をしてきたな、

争ってきたなと大きく気づくことができました。

もっと自分の感覚を信じていく大きなチャンスが来ているようです。

さて、この日々新しく変わっていく街や道、

子供達、会社、社会のアイデンティティーを通して、

わたしも日々どうやって変わっていくのか、

ドキドキしながらも楽しみです。

Enjoy!

B

(2019/5/9)

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